課題「自由」  戦争を思う

 大阪城の森の宮、ピース大阪の展示場を、テレビで見て、以前にも見ましたが興味があって行ってきました。
 
 昭和一二年に生まれ育った場所で、父親の職場でもありました。終戦後、七三年目なり、大阪空襲の写真展では、大阪城付近に、陸軍砲兵工廠跡が、転々とたち並んでいます。日本のために大砲製造所が発展し、明治の初期から設置されていました。みんなが働いているようすが、写真や、小さな画面に見られます。焼け跡が残酷です。長崎、広島の原爆の跡の惨い風景写真も見ました。戦争は勝っても負けても犠牲は大きいです。

 同じ年配の人達、住んでいた環境によって、空襲や学童疎開や、食糧難のことなどの、経験もあります。命からがらで、親の後追いかけ、逃げ回る毎日で落ち着くこともなし。児童や学生たちの教育も満足に受けられません。都会や街で災難に遭った私たちは、永久に忘れることはできません。

 戦争は、古代からあり、世界中の国々は、今もどこかで戦っています。一般の人々も、犠牲になります。国々の宗教もあり、政府間の意見で話し合いは難しいようです。いつも犠牲になるのは民間人です。戦争で戦う男性が犠牲になると、家族も何らか犠牲を伴います。戦いから帰ってこられた人は、状況などをあまり喋ってくれません。昭和初期の軍の強制的な力が強すぎたようです。

 今は、民主主義体制の世の中。平和になるまでの人々の力の影響が凄い。戦後七〇年以上の安定と安心を育て上げた価値は、尊いです。

 戦争はしてはなりません。経験された人の話を尊重し、後輩たちや、若者たちに、語り続けていかなくてはなりません。語る人も少なくなりましたが、戦争の恐ろしさを、世の中に伝えるべきです。

 家族や孫の世代に、遺構として残していきたいと思います。
        二〇一八年  九月五日

この記事へのコメント

kazuokawamoto
2018年10月20日 13:08
ごめんなさいね。気が付かないで
うっかりしていました。何時の時代も戦争は嫌ですね。

教室はだんだん、寂しくなってきました。高齢に、ともなって、休んだりの日が多くなっています。私と田口さん、頑張っています。
Bianca
2018年10月06日 08:26
お久しぶりです。「望郷」という文章を、さっきもう一度読んでみました。お父様の職場のことが、よくわかりました。このテーマは、何度繰り返しても語りたいほど、川本さんにとっては生涯で一番重いのでしょうね。
「大家さんと僕」という今話題の漫画エッセイをご存知でしょうか?私はまだ読んではいませんが、大家さんである、昭和3年生まれの女性が知覧に旅するシーンがあるそうです。田口さんと同年くらいかな?図書館では引っ張りだこのようです。

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