課題「握手」 握手の形

 令和元年七月に、参議院議員選挙が行われる時期になると、握手を盛んに見ることができます。気持ちいいい握手は、愛がこもって、当選してくれるかも、と期待をかけますが、側にいて、つられて握手をする場合も見られます。
 
 選挙運動に夫婦で加わった時期がありました。運動の手伝いに狩り出されて、大阪市支援運動のため、講演の会場を手配する。住宅のある自冶会の会場を提供してもらって、人厚めに苦心します。知り合いの人にどしどし声かけして、と言われても、支援している政党が違うから、失礼になるので、、誰にでもは、言われません。選挙運動など興味はありませんが、市労連繁栄のためと思えば協力して、豊かな生活が成り立つかと思いました。

 芸能人のライブのあと、握手会が繫盛して、並んでいる若い世代たちの憧れが、目に浮かんできます。女子の孫もファンであるとかで、握手会にいくそうです。中高年の人の握手も、たまにテレビで映っているようすを見て、若さがあふれて元気そうです。

 若い男女のサラリーマンたちの、賑やかな飲み会のようすも浮かんできます。仕事を終えてホッとして。仲間たちの顔を見るなり握手を交わして、和やかに飲みながら、日頃のウップンを捨てて、楽しそうな飲み会が始まる雰囲気でした。

 グループの会合で、久しぶりに顔合すと、元気だったと、握手を交わす。気てよかったと、行かれる時はいつも参加したいと思いました。友達もできるだけ参加して、逢うように協力しょうと約束しました。熱い握手で別れてから、しばらくして風の便りに亡くなられたと連絡があり、えっ、とびっくりした、あの時の握手の感覚が今にも手に、熱く残っています。あれが最後だと思うと、私もグループの熱い握手を受けて、終焉が近づいてくるような錯覚がしそうでした。古い後輩たちは一人、二人と辞めたり、亡くなれたりで、寂しい雰囲気に染まり、握手もままならない現状に、グループの会合も行く回数が少なくなってくるようで、寂しくなってきました。

 握手は人生の最後にも求めて、この世に残ります。
          二〇一九年  七月三日
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