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zoom RSS 課題「ナツメロ」  終戦後の流行歌

<<   作成日時 : 2018/07/19 13:41   >>

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 一九四五年昭和二〇年八月一五日。数えで八歳の国民学校二年を大阪市内で迎えて、どさくさまぎれで、落ち着くまでに、五、六年かかりました。ラジオから流れる歌が印象に残ります。

 子供時分に初めて聞いた歌が、「朝はどこから」と、「とんがり帽子」、童謡歌集から、人気があって、心にのこります。家族で聞く流行歌が「りんごの唄」二一年ー二五年、「銀座カンカン娘」二二年ー二六年。終戦後の日本を元気つける歌が流れてきます。世間全体が、混雑で人も複雑な状態でも、ラジオからは明るい歌が流れて、ただ一つの娯楽に家族一同でラジオを囲んで聞き入っていました。その後も多くの歌謡曲がはやり、子供ながらにも自然と聞き覚えてしまいます。当時の流行歌はほとんどの人は、歌えるようになっていたと思います。

 すぐ上の兄が、音楽が好きで楽団の組織に所属して、アコーディォンで演奏している舞台を聞きにいきました。兄夫婦の姉は歌手で、張り上げた良く通る声が、会場に響きわたっています。当時ラジオでも、アコーディォン一つで、のど自慢大会や、個人の会場などで、兄がアコーディォンを受け持っていました。家でも流行歌はいつも耳に入って、覚えています。「青い山脈」が印象にのこって、歌も憶えて、映画も見て青春時代の誰でも憧れた思い出です。国民全体がラジオと映画に明け暮れた毎日でした。

 太洋戦争が終焉し、歌謡曲の作詞や作曲が、時代の暮らしを表現。流行歌は人々を癒し、懐かしい思い出として心に深く残ります。

 何十年もたった今でも、流行歌は、懐かしいし、忘れもしない。自然と歌詞がでてきます。不思議なもので、口すさんで歌うことができます。昭和時代の苦難や人生の歩みが、歌の哀愁となります。

 最近、歌にも興味がなくて、若い方の歌はわからないし、聴きません。賑やかな動作や、派手な歌は、しんどいので、ついていかれなせん。ナツメロが一番性に合って、優雅なひと時を過ごせます。
            二〇一八年  七月四日

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
川本さんより7歳下の私ですが、ここに挙げられた歌は老若男女みな唄っていたので、共通の記憶になっていますね。今どきと違い・・・。
お兄さんがアコーディオン、お姉さんが歌と音楽にゆかりの深いご家族だったんですね。お孫さんがピアノを弾かれるのもその繋がりでしょうか?
Bianca
2018/07/20 14:54
私歌はオンチですが、聴く童謡や唱歌が好きです。娘や孫も少しはピアノが弾きます。
今は、テレビからのナツメロが少ないですが、以前は、テレビからナツメロの放送が多いでした。たまに聴くと懐かしいです。
kazukokawamoto
2018/07/21 11:25

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